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弟が死んだ話3

泣きはらして今にも倒れそうな母が、出迎えるように、寄りかかるように私をハグした。母とこうやってハグしたのは、少なくとも大人になってから初めてだった。子供の頃すら記憶にない。
母と枕元へ行った。
まぎれもない、見慣れた弟の顔だった。
まるで生きているみたいに微笑んでいた。
母が、「あれ、笑っとる」「あんたが来たけん、笑っとるよ」と言ってまた泣いた。冷静に考えると死後硬直によるものだと思うけれど、きっとあれは弟が出迎えてくれたんだと信じている。

遺体を見て、やはり弟は死んだのだと理解した。実感はまだなかった。でも、悲しみは吹き出してきた。「あんたが50くらいになって、もう少し丸くなってきたころに一緒に酒を飲むのを楽しみにしとったとに」「どうして死んでしまったと?」言わなくてもいいことが、口から突いて出た。人目もはばからずに涙をボロボロ流した。酒が弟を殺したけれど、私と弟を繋いでいたのも酒だった。

ひとしきり泣いて顔を上げてから、父と母、弟の奥さんのほかに、近所に住む父の兄夫婦、隣の県に住む父の妹夫婦、隣の市に住む母の妹がいるのにやっと気がついた。葬儀屋と坊主は目に入ったのに、まったく気がつかなかった。父は無念そうにずっとうつむき、弟の奥さんは涙も流さずに魂の抜けたような表情で座っていた。弟の子供たちはもう寝ているという。時間は9時半を回っていた。

坊さんが、ちょうど自分の祖母もさっき亡くなったのだという話をしていた。そういえばこの坊主とは一度だけ会ったことがある。弟が亡くなるひと月前に、父の本家で法事があった。そのときにお経を上げていたのがこの坊さんだった。うちの実家が檀家になっている寺の住職だが、先代が亡くなってやってきた新参で、まだ40〜50代くらい。妙に自信満々だが、お経が「歌がうまいと思っている人のカラオケ」風で鼻についた。しかしうちの本家の叔母に言わせると「涙が出るほどうまい」そうで、いろんな人がいると思ったものだ。
その法事のときに、坊さんのお経を聞きながら、母がぽろぽろと涙をこぼしていた。「あー、母もこのナルシスティックなお経に、涙が出るほど感動しているのか」と呆れていたが、あとで聞いたら「(弟)になにかあったら、この人にお経を上げてもらうのかと思うと、くやしくてくやしくて…」と泣いていたそうだ。お、おう。

いかにも人の好さそうな葬儀屋さんが、やさしく今後の話を進めてくれる。強引でもなく、弱気でもない。本当にほどよい距離感で話をしてくれて、弱り切ったわたしたちにはとても心地よかった。こういうところにもちゃんとマニュアルがあるんだろうか。最初から最後まで、この葬儀屋さんにはいい印象しかない。


「葬儀のグレードはどうしますか」と聞かれて、母が「一番いいのでお願いします」と即答した。誰が来るかもわからなかったけれど、母はできるかぎり盛大に見送ってやりたかったんだろう。
香典返しから飾りから、あれこれと決めていく。きっとこうやって決断する瞬間を増やすことで、悲しみから目を逸らさせるんだろう。よくできている。

この日の夜のことはあまり覚えていない。というか、この夜から四十九日までの記憶がかなり曖昧だ。きっと脳がショックから守ってくれているんだろう。でも、弟の子供達にちゃんと伝えられるよう、覚えている限りのことをここに書き記しておく。